終章 終わりに

以上、日米交渉の経緯を追ってみたのであるが、結論として明らかにこれは米国が対独戦参戦の為に日本を挑発し、戦争を起こさせ、太平洋から裏口参戦を行った事実が判明した。種々の誤解は双方にあったものの、日本の度重なる譲歩にも米側は原則論のみを唱え、交渉を引き延ばすことだけに注意を払ってきたのである。こうした米国の真意を早期に我が国が掴めなかったのは不幸なことであるが、果たして掴んでいたとしても戦争を避けられたかとなると甚だ疑問である。

米国の最終目標が対独戦参戦であれば、日本は米国には絶対に手を出さず、自存自衛の為、南方へ武力進出し、英・蘭と戦争になるのは結局避けられなかったのではないだろうか。
また米国は軍事的な挑発の用意も進めており、事実、フィリピンでは武装させた船舶を太平洋に放って、日本にこれを攻撃させ開戦の口火を切ろうと工作していたことも明らかになっており、こうした一連の米国の誠意なきやり方、また日本のことを全く考えずただひたすら自国の国益のみを追求した姿は、誠に遺憾であり、腹立たしく思う。しかしこれが国際政治であると言えばその通りかもしれない。一つだけ確実に言えるのはこの戦争は起こるべくして起こったものであり、なんら日本人はこれを恥と考える必要はないのだと断言する。むしろ敢然と立ち上がったことを誇りに思うべきではないだろうか。

日本は必要有らざる戦争をさせられることとなり、結果、護国の意思に燃えた多くの軍人を失い、多くの尊い一般市民までも虐殺された。さらに戦後はGHQによる徹底的な思想改造を押しつけられ、日本の伝統文化の基盤を破壊し、今日に至る戦後民主主義思想の蔓延により、国家のことを考えず且つ又利己主義的な人間が増産され、各種怪奇事件の多発と、まさに未曾有の国難に瀕しているのも、遠因は全て日米戦にあると自分は考えるものである。

とは云え全ての責任を米国に押しつけ自らが正しかったと証明するだけでは、先人の名誉こそ回復せど、これからの日本の在り方或いは日米関係を考慮するには役に立たない。そこで最後に現在にも共通する問題として以下を掲げる次第である。


1.日米双方の不信

米国は終始日本を敵視し我が方の政策の一つ一つに疑念を抱いていったこと、日本もまた、一部の視野の狭い者により反米感情が煽られたことは、反省せねばならない。しかし、日本と米国はどちらかが優位に立たない限り、親善関係は達成できぬものではないのだろうかという宿命論もまた有力であろうと考える。現在を見れば明らかに米国依存を通り越して、米国に服従してるような状態でかろうじて両国間の平和が保たれているようにも見える。

2.軍部の発言力の強大さ

日本側の問題点としては、軍部の政治発言力の強大さが挙げられる。軍事的見地からの意見提出は政府の政策決定に非常に重要なものであるが、軍事的見地からのみの意見を採用せざるを得なかった体制には問題があろう。戦後になりこの点を深く憂慮し、曲解されたシビリアンコントロールでもって軍人を完全に管理下に置いているのが現状であるがこれは逆に軍人の存在を全くないがしろにしており是正されるべきである。

3.マスメディアの責任

開戦を誰よりも望んだのが世論であるが、これはマスメディアのアジテーションに原因があり、偏狭報道の恐ろしさとマスメディアによる大衆操作は非常に大きいものがあると言える。政府は「非戦を決定したら内乱が起こってしまう」と覚悟した程の反米熱が国内に盛り上がっていたのである。現在のマスメディアは反日的・容共主義的な論調が多く、これに乗せられた国民はますます自国の歴史に無関心或いは先人を敬い感謝する心を忘れつつあり、大いに憂うべき問題である。端から見れば戦前からマスコミの体質は変わっておらず、ただ論調がひっくり返っただけと言えるのである。

4.情報の重要性

日米交渉は情報戦に於いて一方的に我が国の負けであった。情報を制した米国は我が国の対応をあらかじめ知ることができ、全てに於いて先手を打つことが出来た。翻って日本は自国の暗号技術が破られるはずがないという過信に陥り、外交暗号は終始筒抜けであったことは情報を軽視しているとも言える。国際政治の場に於いて情報というものが如何に重要な要素であるかということを如実に示した日米交渉から我ら後世の人間は学ばなくてはならない。現在日本の情報収集は外務省と自衛隊が中心となり行っているが一元化された組織は皆無であり、互いの情報交換さえ満足に行われていないのである。また、その収集力も米国のCIAや英国のMI6等には遠く及ばないのが実状である。海外で邦人が何らかの事件に巻き込まれた際、政府閣僚が海外のTVを見て情報を集めているようではなんとも情けない。そこで情報は国策決定の重要要素ということを重視し、情報収集の一元化を速やかに行い、専門機関の設置を進めるべきである。

5.いくら平和を望んでも相手次第で戦争となる

米国はまとめる気のない交渉を引き延ばして、自国の戦争準備を整えつつ、日本の石油備蓄量が残りあと僅かとなったところでハル・ノートの如き書面を叩きつけ日本に開戦させ、まさに米国の描いたシナリオ通りに事態が進展した。これは例え一方の国がどれほど和平を望んだとしても相手国にその意思がなければ戦争は避けられないものであるという証左に他ならない。現在日本は安易な平和主義がはびこっているが、こうした歴史的事実から学ぶべきである。中には非武装国家論を唱える愚かな者さえ輩出しているが、明らかにそれは現実を見ていない絵空事であり国家として国民を護る為に軍隊は必要不可欠であるということに目覚めるべきである。軍歌にもあるように、国家の保護と国権の維持は即ち軍隊の力により実効性を伴うのである。

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