9-2.審理経過・判決


陸軍省はさらに応援の法務官20数名を増員して、予審からあたらせた。
例のバラック建ての中ではいくつかに部屋を分け、各法務官が予審官となり被告ひとりひとり取り調べをしていった。
土日祭も休まずに続けられた結果、直接部隊に参加した将校と主要な下士官(曹長など)の予審が終わったのは4月中旬だから、本当に早い。
また、残った下士官と兵は原隊の兵舎1棟に留置されていて、憲兵と検察官が出向いて、一通り捜査しただけで、予審にはまわさなかった。

そして予審が終わると、調書を添えて検察官に送る。
検察官は検討して容疑者の起訴、不起訴を決定する。
ここで起訴が決定されれば軍法会議へ回されることになる。

公判(裁判)は連日行われ、多いときは被告人が40人ほども法廷に入る。
なのでとても一人一人尋問している時間がないので、代表者に応答させ、異論があれば挙手で他の被告人に発言させるという形態をとった。
まぁ既に陛下に
「朕が股肱の老臣を殺戮す、かくのごとき凶暴の将校等、何の許すべきものありや」
と断罪されてしまえば、それまでだ。
大日本帝国憲法では行政・立法・司法が天皇に帰属しているのだ。
元々裁判官も「天皇の名において・・・」判決を下すのだ。
しかし、何にしろこれは裁判なのである。
被告人にも十分な防御・弁解の機会が与えられるべきなのだが、弁護人もいないし、非公開ということもあり、磯部の獄中文書では「自分らの証人の証言は全て棄却され、発言の機会もほとんどない。これほど不公平な裁判があるか」と憤慨している。
軍法会議がこういう形態をとるのは彼らも承知していたのだが・・・・。
また裁判中に磯部は、
「川島、香椎、堀、山下、村上は青年将校と同罪である。大臣告示及び戒厳命令に関係ある全軍事参議官も同様ならざるべからず」
と主張した。軍首脳についての審理は後述させていただく。

なお、裁判の関係者は次の表である。
裁判長 騎兵大佐石本寅三 (他に判士4名)
法務官 藤井喜一(近衛師団) -
検察官 竹沢卯一(近衛師団) -
今まで青年将校のことばかり書いてきたが、黒幕たる陸軍首脳部の取り調べも書いておこう。
まず、香椎浩平戒厳司令官が取り調べを受けた。
これは大臣告示伝達過程で数々の不可解な出来事が起こっておるほか、あまりにも用意周到に起案されたのを踏まえて、「事件前にあらかじめ告示がつくられていたのではないか」という疑惑である。
つまり香椎が黒幕でないにしろこの事件を計画した一味の人間ではないかという疑惑でもある。

さらに、荒木・真崎両軍事参議官を叛乱幇助の容疑で逮捕。
この逮捕は青年将校を擁護する行動を現実にとったのだから容疑者ないしは重要参考人になるのは当然かと思われる。

だが、結局、香椎は不起訴と決定された。
これはなぜか?
恐らくは真の首謀者(黒幕)を隠すためと考えて間違いない。
裁判の責任者寺内大将の判断でそうしたのか、それとも別の誰かが寺内大将に指示したのかは不明であるが、もし香椎が裁判となり背後関係などを詳細に調べられると、陸軍が崩壊するほどであったという。
つまりかなりの大物らがこの事件の画策に共謀していたこととなる。

昭和近代史を研究するなら、この点を研究すると面白いだろう、誰かお願い。
さて、真崎・荒木らは裁判にまわされこそしたが、無罪判決であった。
これは、陸軍の政治的判断によるものという見方が有力である。
「陸軍大将が叛乱関係で実刑をうけたとあっては陸軍の名誉にかかわる」
ということ。
要するに面子を守るためだ。
今と違い法の下の平等なんてないから、階級で判決が変わってしまうのだ。
しかしそうすると、青年将校らの裁判はまさしく茶番だ、ほとんど罪にならなくなる。

村中の遺書には
「新井法務官曰く、北、西田は今度の事件には関係なんだね、しかし殺すんだ。死刑は既定の方針だからやむを得ない・・・」
との一節がある。
また、常人班(軍人外)担当裁判長の吉田法務少将は次の書簡を残している。

事件前の被告の思想問題はどんなに矯激なものであって事件に影響があったとしても、それはつまるところ情状に属するものである。基本刑決定の要素にはならない。
その上、三月事件、十月事件は不問にしている。この両事件関係者も既存している状態においては、特に軍法会議が常人を審理する場合、この情状は大局上の利害を較量して不問に付するのが、よいと認める。
それゆえ彼らの事件関係行為のみをとらえ、犯罪の軽重を観察するを要する。したがってその行為は首魁幇助の利敵行為である。それはすなわち普通刑法の従犯の立場であり、したがって刑は主犯よりも軽減されるべきである・・・・・云々。

法的に審理・裁判して、法に基づいて決められたはずの刑量が、実は本省の指示で決定されていた証拠であろう。

最後に判決である。
これは7月5日に陸軍省発表で報じられた。
それまで民衆は審理経過を一切知らされぬまま、突如この発表を見て大いに驚いた。
血盟団事件、5・15事件、相沢事件と、このテの事件は裁判も公開であったし、連日新聞報道されたのに、今回は事件鎮圧後何の音沙汰もなかった。7月12日、そこへいきなりの死刑執行の発表である。信じられない人も多かった。
民衆の間には流言がとびかっていた。例えば・・
「刑は執行されないで、満州へとばされた」
「戸籍を抹消され、特殊任務についている」
・・・等々。
なお、死刑執行において、村中、磯部は重要証人として執行を延期された。
また北一輝、西田税らの判決・執行は8月に入ってからである。
氏名 判決
安藤輝三 死刑
香田清貞
栗原安秀
竹島継夫
対馬勝雄
中橋基明
丹生誠忠
坂井直
田中勝
中島莞爾
安田優
高橋太郎
林八郎
渋皮善助
水上源一
磯部浅一
村中孝次
北一輝
西田税
叛乱軍参加人員表
1.将校 21名 不起訴 2名(自決)
起訴  19名 
2.準士官、下士官 91名 不起訴--16名
起 訴--74名
3.兵 1359名 不起訴--0名
起 訴--19名 
4.見習医官 3名 不起訴--3名
5.在郷将校 1名 起 訴--1名
6.常人 10名 起 訴--10名

叛乱軍参加人員判決表
1.将校 死刑 13名
無期禁固 5名
有期禁固 1名
2.準士官、下士官 有期禁固 15名(執行猶予27名)
無罪 28名
3.兵 有期禁固 執行猶予3名
無罪  16名
5.在郷将校 有期禁固 1名
6.常人 死刑  4名
有期禁固 6名
以上。
(その後の軍部と政界の動きは別に書きます。)

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