7-2.海軍の反応


今まで陸軍内部の動向を書いてきたが、陸軍最大のライバルである海軍はどういう態度をとっただろう。

重臣襲撃・叛乱蹶起の報を受けた海軍は直ちに断固鎮圧の方針を打ち出した。
というのも襲撃された重臣の内、岡田首相、鈴木貫太郎侍従長、斉藤実内大臣が揃って海軍大将であったことが第一の理由である。
3人も天皇側近が海軍の人間だったのはまったくの偶然といえば偶然だが、海軍の人間に怒りを覚えさせるのは当然だ。


まぁ端的に言えば
「このやろう、やりやがったな」
という感情論である。

第二に考えられる理由としてこのまま陸軍の横行を許すことは、今後の政治の面で海軍の立場が危うくなると睨んだと言える。
さらに、なにより天皇の意志は『鎮圧』であり、その命令は絶対である。


26日、午前10時、伏見宮海軍ゝ令部総長は海軍省一階正面玄関の階段の上に立ち、集まった判任官以上の軍人に対して天皇の決意を述べ、海軍の断固鎮圧方針を主張した。

それを受けて直ちに横須賀第一水雷戦隊の陸戦隊を芝浦に上陸させ、さらに陸軍叛乱部隊との交戦を予想して重要書類は全て雑のうに入れ地下に移送。土嚢を積み上げた。
また海軍省内には放水のホースを廊下いっぱいに広げ臨戦態勢をとった。

海軍といえばやはり連合艦隊。
連合艦隊は当日土佐沖で演習中であった。
そこに12時ごろ伏見宮から高橋三吉連合艦隊司令長官に緊急暗号無線が打たれた。

「今朝、東京市内に重大事件発生せり。連合艦隊は直ちに東京湾および大阪湾の警備につくべし。第一艦隊は東京湾、第二艦隊は大阪湾」

第一艦隊は連合艦隊旗艦長門を先頭に約40隻、東京湾御台場沖に急行。到着したのは27日午後4時である。
そして艦隊は東京市内にむかって一列に並び砲門を向けた。
さらに陸戦隊を編成し上陸させた。
この部隊は機関砲に加え野砲も擁する重装備の部隊で、この部隊でも鎮圧できない場合は国会議事堂を艦砲射撃するという案が近藤信竹第一艦隊司令長官と高橋連合艦隊司令長官との間に決まった。


陸軍が鎮圧できないのであれば海軍がこれを行う。叛乱軍の頭上に40センチ砲を叩き込んでやる!
・・というような意気込みである。海軍は本気だ。

26日、午後8時ごろ豊田副武海軍軍務局長は陸軍に対し大臣告示に強硬な抗議をした。
陸軍にやる気(鎮圧する)があるのかないのか、血の気の多い豊田は噛み付かんばかりの勢いだったようである。


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