6-3.大臣告示の伝達の謎
波乱の元凶となる「陸軍大臣告示」がとにかくできた。
山下少将は、叛乱軍将校に「告示」をするため宮中を出て、それとともに警備司令官を通じ近衛、第一師団長にも示し、こういう趣旨で説得するということを部下に伝達することとなった。
そこで香椎東京警備司令官は宮中から電話で警備司令部(近衛第一師団、第一師団を統率している機関)の安井籐治参謀長に「告示」を伝えた。
さて、ここからが問題だ。
電話を受けた安井参謀長は復誦を二度も行い、香椎中将に確認した。そして、安井参謀長は電話を聞きながら部下の福島参謀に口述筆記させた。
これが26日に公表された「陸軍大臣告示」なのである。
「告示」は直ちに警備司令部から第一師団長、近衛師団長に印刷され送られた。
告示が下達され堀第一師団長はすぐ部下一同に示したが、橋本近衛師団長は
「なんだ、こんな怪文書」
と握りつぶし下達されなかった。(橋本師団長の口は悪いが、実際のところまさにその通りである。)
そして告示に最も憤慨したのは言うまでもなく参謀本部で叛乱軍の行動を容認するとは何事だ、
「だいいち荒木がいかん、真崎がいかん」
と騒ぎ出した。
怪しいのは、その夜川島陸相がのこのこと憲兵隊司令部(臨時参謀本部)に顔を出し、所持していた原案(告示の)を取り出し『行動』ではなく『真意』であるとし、さっさと刷り直してこれを軍の正文にしてしまったのである。
・・とすると最初に告示を受けた安井参謀長の立場はどうなるのか。
翌日27日、村上軍事課長が安井参謀長の下に訪れ警備司令部発表した告示に誤りがあり、その責任は参謀長にあると言い出した。
もちろん安井参謀長は憤然とし、
「参謀長が司令官の命令を誤ってうけるとは何事だ、自分は言われたとおりにしたのだ」
と反論。
どうにも険悪な空気が漂ってきた。
安井参謀長の名誉のために述べておくが、当時の記録によれば安井は頭の緻密な男で聞き誤りなどするはずもない。
香椎も頭はズサンだが真意と行動を間違えるほどではない。
・・とすれば香椎が読んだものが既に間違っていたということか。
結局村上大佐に
「ともかく戦術上ああなったのだ、参謀長一人悪者になってくれ」
と言われようやくおさまった。
この村上大佐の言葉はこの告示伝達の一件の謎を解く重大な鍵であることは間違いない。
が、そこにどんな戦術があったのかなど委細はまったく謎のまま今日に至っている。
また、直接叛乱軍将校に伝えるため飛び出していった山下奉文少将が陸相官邸で読み上げた告示には「行動」とあり、山下少将は説得か扇動かわからぬような口振りで叛乱軍将校の前で3度朗読したという。
とにかくも、告示を見た(聞いた)叛乱軍将校にしてみれば「維新は成功だ」と考えさせるのに十分である。
しかし喜びもつかの間、事態は思わぬ方向に動き、結局はあっけなく敗退してしまう。
叛乱軍将校は当時の軍幹部の卑劣極まりない策略に憤激し、獄中でこの愚劣な行為を後世に残そうと、血の滲むような手記を残していったのである。よほど無念であったんだろう。
余談だが事件後の議会で告示について質疑がなされた時、杉山陸相は「そのようなものは存じませぬ」と、いけしゃあしゃあとつっぱねた。
どういうことだろう。
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