5-3.陸相官邸の疑義
蹶起趣意書を前に
「皇軍相撃は絶対にさけよ、蹶起将校の今度の手段はともかく彼らの精神を生かさねば、こういう事件は何回でも起こるだろう」
と周囲が決断を川島に迫ったが、結局返答を留意した。
川島陸相はこの時点ではまだ叛乱軍につくか、省部につくか迷っていた。
そして朝8時30分、歩哨の停止命令をきかず自動車が陸相官邸内に入ってきた。
中に居るのは真崎大将であった。
省部(陸軍省と参謀本部を合わせた略称)の部長や課長は陸相官邸に真崎大将ありとのことに
「誰が知らせたのか、何しに行ったのか」
と非難した。
磯部は車を降りた真崎に対し
「閣下、統帥権干犯の賊類を討つために蹶起しました、情況をご存じでありますか」
と訪ね、真崎は
「とうとうやったか、お前達の心はよーくわかっとる、よーくわかっとる」
と答え、磯部の
「どうか善処していただきたい」
の言葉に頷きながら邸内に入っていった。
この時川島陸相と何を話したのかは定かではない。
ただ、真崎の入る前に既に山下奉文軍事参議官と古荘次官も邸内におり、叛乱軍の提示した蹶起趣意書について重要な議論がされた推測される。
また、蹶起の際の暗殺リストにあった石原莞爾大佐は広間の椅子に座して栗原と問答した。
石原は「言うことを聞かねば軍旗をもってきて討つ」と断言し、険悪な空気が流れる。
問答の末に栗原は拳銃を石原に突きつけ「どうしましょうか」と磯部らを振り返ったが磯部が何も言わなかった為、何事も起こらなかった。一方、同じく暗殺リストに名があった片倉衷少佐は叛乱軍の制止を振り切り邸内に入ろうとしたところ、磯部に拳銃で撃たれ頭をかすめ負傷した。
時は午前9時ごろ。
堂時刻に川島陸相は軍事参議官会議出席の為、官邸を出た。
一方、省部の高級将校はこの時点では事件を知らないものが普段通り登庁しようとして、または事変を聞いて駆けつけた将校らは叛乱軍に阻止された。
蹶起部隊将校に、
「階級章にモノを言わせてどうしても入るというなら銃弾に代えても阻止する他はありませんな」
とまで言われた高級将校らは憤激しながら、臨時に参謀本部・陸軍省の置かれた憲兵隊司令部(3階)にぞろぞろと集まってきた。
事件を予見していた統制派幕僚でさえも体勢を整えるのには時間を必要とした。
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