5.事件直後の情況

5-1.陸軍首脳の反応

各地を襲撃し終わった反乱軍は、日本の政治の心臓部をこの日から4日間占拠した。
彼らはまた襲撃にいくらかの弾薬を使用したとは言え、まだ1個師団に相当する弾薬を保持していた。

夜が明けるにつれ、襲撃された人々の殺害方法が判明してきて、各方面に与えた衝撃は凄まじかった。建軍以来最大の叛乱事件だったからである。陸軍内部の考えは大きく3つに分かれた。

1.叛乱軍に同調
 これには皇道派荒木貞夫・真崎甚三郎両大将、さらに東京警備司令官である香椎浩平中将がいた。

2.断固鎮圧
 ここは統制派の態度と言ってもよい。
統制派幕僚が占めている参謀本部では特に作戦課長石原莞爾大佐が、陸軍省内では同じく統制派の武藤章中佐が省内を結束した中心人物だった。

さらに26日午前には省内で岡村寧次第二部長を中心とする部長会議が開かれ『断固鎮圧』の方針を決定し杉山次長に進言した。

3.1と2の中間で叛乱軍に同情的
 ここには川島義之陸相、第一師団長の堀丈夫中将がいた。
これが地方になると正確な情報に乏しく中央の意向を推測しながらそれぞれの師団長は自己の立場を考えたが、日が経つにごと考えが変わるなどはっきりしなかった。
中には第十二師団長の香月中将のように最初から断固鎮圧を示しいち早く関門海峡を封鎖した人もいる。



まさにバラバラである。
なにより事態収拾に当たらねばならない香椎東京警備司令官が叛乱軍に同調の立場をとっている点が注目すべきだ。
もし鎮圧命令が下ったら彼がその任を果たせるのかという疑念を抱かせるものだ。

そして日和見の川島陸相。
彼自身重大な地位にあるのだから明確な意志を主張すべきだったのではないだろうか。


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