4-8.陸相官邸、参謀本部、陸軍省襲撃
歩一丹生中尉は、26日、午前2時30分に所属する第十一中隊の下士官を集め、蹶起趣意書を配布し、昭和維新断行のため同志将校が決起する旨を告げて、4時ごろ非常呼集をかけた。
4時30分に兵営を出発し、5時に到着し、主力部隊を表門に展開させ陸相官邸、参謀本部、陸軍省を警戒し、官邸入出を制限・監視下におくことを伝えた。物々しく機銃陣地が随所に作られた。
部隊は各地襲撃を終えた部隊が集結してきて、完全に反乱軍の勢力下になった。
4-9.警視庁襲撃、他
| −装備− |
| 軽機:10数挺 小銃:100数十挺 拳銃:数十挺 |
野中:「攻撃目標は、赤坂、警視庁!
合言葉は士気団結!
出発!!」
指揮官は野中四郎大尉ら4人で、歩三第七中隊・第三中隊及び第十中隊は、26日午前2時ごろ非常呼集がかけられ、配備された機関銃隊の一部を含め、下士官・兵500名とともに、4時30分ごろに営庭を出発し5時ごろ警視庁に到着した。
同庁司法省側および、桜田門側道路数カ所に機銃陣地が作られ、同庁の出入り口を封鎖し、要地に歩哨をたてて、監視した。
また、電話交換室内にも兵を配置して外部との連絡を遮断。警備にあたっていた特別警備隊に機銃を向けて威嚇。
常磐稔少尉は野中四郎大尉とともに、警視庁特別警備隊長らに蹶起の趣意を告げ、警察権の発動を停止させた。
さらに、歩三の鈴木少尉は下士官・兵60名を率いて後藤内務大臣官邸を襲撃した。
後藤内相は親軍的な官僚だったが、統制派寄りの人物であった為に襲撃対象にされた。
軽機3挺を持した襲撃隊は警備の警官・看守等を拘束し、官邸内外を捜索したが、後藤内相は不在のため難を逃れた。
部隊はそのまま内相官邸を占拠した。
また、栗原中尉・中橋中尉・田中中尉(野戦重砲第七連隊)・池田少尉らは、それぞれの最初の襲撃を終えた後、軍用トラック3台に兵60人と機銃3と共に分乗し、各新聞社を襲撃した。
中でも、東京朝日新聞社には午前8時55分ごろ到着し活字ケース等を破壊し、引き上げの際栗原中尉は
「国賊朝日新聞は多年自由主義を標榜し重臣ブロックを擁護し来れり今回の行動は天誅と思え」
と叫んだ。
他にも日本電報通信社、国民新聞社、報知新聞、東京日日新聞、時事新報社に現れ、蹶起趣意書を新聞等に掲載するよう強要した。