指揮官:安藤輝三大尉
当時の役職で侍従長はかなりの重職であった。なにより天皇の側近であり国内外の情報を陛下に伝えるという仕事を任されていた。青年将校らは当時の日本の逼迫した状態を陛下の耳に入るのを側近が妨げている、その頭たる侍従長は断じて討つべしと意気込んでいたようだ。
| −装備− |
| 重 機:4 軽 機:5 小 銃:約130挺 拳 銃:十数挺 代用発煙筒:若干 |
安藤隊は25日夜、週番士官を集め、明早朝、昭和維新断行のために非常呼集をすること等を指示。
翌午前3時ごろ、非常呼集がかけられ、全員兵舎前に整列、機関銃隊四分隊ともに下士官・兵200名は、3時半ごろ兵営を出発し、4時50分ごろ侍従長官邸に到着した。
表・裏門に機関銃を配置し、突入。安藤大尉は表門から入った。また別の一隊は警備の警官を監視していた。
邸内は広く、なかなか侍従長を発見できなかったが、2階の部屋に夫人がいるのを発見し
「あちらにおられるのが閣下ですか」
と堂込曹長が聞く。
隣の部屋には十数人の兵が侍従長らしき人物を取り囲んでいた。
そして、堂込曹長は、「閣下は俺が撃つ」と兵に言って、
「閣下、昭和維新断行の為、一命を頂戴します」
といって拳銃の引き金を引いた。永田曹長も加わり、計4発が打ち込まれ、鈴木侍従長は前のめりに倒れた。夫人が駆け寄る。
そこに安藤大尉が来て、侍従長に両膝をついて一礼し、夫人に蹶起趣意を述べようとした時、堂込曹長が
「中隊長殿、武士としてのとどめを」
と言い、安藤が軍刀を抜きかけたが、夫人が
「放って置いてもまもなく死ぬからそれだけはやめて欲しい」
と言い、その情に負けたのか、安藤大尉の号令一下、全員侍従長に対し黙祷し、引き上げていった。
結果、侍従長は一命をとりとめた。老齢にも関わらず1年後には現役復帰。
その後小磯内閣の後継として組閣し、終戦工作に尽力した。この事件で鈴木侍従長が亡くなっていたら、本土決戦が起きていたのかもしれない。
不幸中の幸いとはまさにこのことだ。