指揮官:中橋基明中尉、砲工学校学生中島莞爾少尉
二五日夜、中橋中尉は斉藤特務曹長と近衛師団司令部付大江曹長を引き連れ、歩一の栗原の下に来て、小銃や実包をを受領し帰隊して近衛歩兵第三連隊第七中隊将校室で襲撃を協議した。
当時、高橋蔵相は予算の軍事費・国債費の比重が極端に偏りすぎているため、軍事費を削る等をして財政を健全にしようとしたのだが、これが陸軍の、とりわけ青年将校の反感をかったのは間違いない。
二六日、午前4時に非常呼集がかけられ、兵は兵舎前に整列し4時半に出発し、5時ごろ高橋邸に到着した。
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軽 機:4 小 銃:約100挺 拳 銃:数挺 はしご・・・等 |
営庭での指示通り、中橋中尉は表門から、中島少尉は東側の塀を梯子で乗り越えて邸宅に侵入した。
警備にあたっていた警官は銃剣を突きつけられつつ監視され、まったく身動きがとれなかった。
家人を脅して、蔵相の部屋に案内させ、2階の部屋でまだ就寝中の高橋蔵相を発見。
蹶起部隊は「天誅!!」と叫びながら布団をまくり上げ、拳銃で射殺し、さらに死体を軍刀で滅多斬りにするほどであったという。
これは当時の青年将校がどれだけ蔵相に怨み・反感を持っていたかを表すものである。
5時15分に、兵は引き上げ陸相官邸へ向かっていった。